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Masao's Blog ~ BIZARRE ADVENTURE ~

レイディーバグという会社を経営している平世将夫の「奇妙な冒険」Blog

失敗を失敗と思わずアクションする

子どもをみていると、思わず感心してしまうことが多いです。

 

最近、うちの子どもがハイハイをはじめました。

まだとっても下手くそなハイハイです。

産まれたての子鹿のようにフラフラとし、時々コテンとひっくり返りながら、何度も何度も起き上がり、前に突き進みます。お気に入りのボールを掴んでは放り投げ、そこに向ってハイハイし、また掴んでは放り投げるの繰り返し。コケても泣かずに、「アウーッ!」と声をあげながら一心不乱に立ち上がって突き進みます。

すると、1日も経つと、手の使い方、足の運び方などちょっとずつコツを掴み上達しているのです。

成長って早いもんだなぁ〜と感心します。

 

コケまくって失敗しても、どんどん挑戦し続けるからこそだな!とか最初は普通に思ったのですが、ポイントは、そもそも赤ん坊にとって「失敗を失敗と思わないこと」(当たり前なんですが)が何よりも強いんじゃないかと思ったのです。

 

自我がでてきたり、大人になればなるほど、「失敗」=「よくないこと」としてどうしても意識してしまいます。

どんどんチャレンジしよう!と頭で理解していても、意識してしまいます。

意識すれば、どうしてもアクションに影響がでます。

ひと目や評判を気にして、アクションの数が減ったり、中途半端なアクションになったり。

 

失敗という概念も、ひと目を気にするという感覚も当然ない赤ん坊はとにかくアクションを起こします。

 

私もスポーツに一心不乱に取り組んでいたときは「失敗」という感覚があまりなかったことを覚えています。

「とにかく上達したい」という気持ちと、自分が理想とするイメージが頭にあり、少しでもそこに近づくため、何度も何度も飽きずに練習していました。

 

社会人になってからの仕事でも同様です。

とにかく試行錯誤しながらアクションし続けているとき、振り返ると最も成長していたのだと感じます。ただ、やっている最中は正直分かりませんでした。

 

これは自分への反省でもあるのですが、

歳をとり、経験を重ねれば重ねるほど、くだらないものに脳みそがしばられて、アクション数が減りがちだと思うのです。「失敗」をどこか意識してしまう事があります。

やってもいないのに、未来を勝手に決めつけてしまったり、

経験則から、頭の中で言い訳をつくってしまったり。

これは本当に反省すべきことです。

ただ、なかなか脳みそから拭いきれないのも事実。。。

 

 

どんどん失敗して、

失敗を失敗と思わないくらい、アクションし続けないと成長も成功もありえない。

そう思います。

 

一心不乱にボールに向って前進し続ける子どもを横でみながら、

おまえはすげーなぁ〜

と感心しつつ、

子どもより全てにおいて勝っているオヤジがもっとやらんでどうするか!!

と自分に喝を入れるのでした。