読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

Masao's Blog ~ BIZARRE ADVENTURE ~

レイディーバグという会社を経営している平世将夫の「奇妙な冒険」Blog

原点

「原点に立つ」ということと

「過去に依存する」ということ

違うと頭で分かりつつも、気持ちがもやもやしたままスッキリすることはなかった。

しかし、先日友人からの言葉がきっかけで整理がついた。やはり自分の原点をはっきりさせ、そこに立ち、今を生きるということは自分を力強くさせるんだな、と。

 

f:id:masao_toybox:20131125081927j:plain

 

自分の原点は、

「大学時代、舞台監督として、戦前から続く英語劇大会の第60回大会で全ての賞を総穫りするかたちで完全優勝を成し遂げたこと」

 だ。

「 舞台監督をしていたこと」でもなく、「演劇に没頭したこと」でもない。

上記のように「結果」まで明確に含めたことが原点なのです。

これが、ずっと言えなかった。Blogはもちろんのこと、採用等で学生の前で何か大学時代のことを話すような機会などの場でも話すことはほぼなかった。「演劇の舞台監督をしていたことが原点です」という言い方だった。

50%は間違いない。でも残りは心のなかでもやもやしたまま言えなかった。

 

いまはハッキリと話せるが、舞台監督のときの体験は自分にとっての大きな「成功体験」だった。自分をおおいに肯定させてくれる大事な出来事だった。反面複雑で、高い理想に達していないのに結果が出たことで、チカラのなさや悔しさも含んだ上なのだが、成功体験に間違いはない。

だからこそ、この時の話をペラペラと話すことにカッコ悪さを感じ、あまり話す気がしなかった。自慢ともとれるし、何より過去にしがみつき、依存しているように感じたからだ。

「大事なのは今」「今どう生きているか」「見るべきは前だ」

それが大事だと思えば思うほど、自分の成功体験ほどペラペラ話すもんじゃないなと思うようになった。

 

ただ、友人の言葉から自覚出来るようになった。

「なんでその話もっとしないの?すげーいい話だよ。もっと聞きたい人いるはずだよ。むしろ話さないのは罪だ。」「それ原点だよね」

そんなことを言われた。そして、なぜ自分があまり話していないのかなど考えるようになり、スッキリしたのだ。

 

他人がどうみるかはどうでもいい。

自分は決して過去に依存もなく、すがることもない精神状態だ。

むしろ、当時の自分を誇りに思うし、当時の仲間や体験を大切に思っている。

いまの自分の原点なのだ。

「大切な原点」という自覚をもてるからこそ、それは堂々と話せばいいんだ。

 

f:id:masao_toybox:20131125083444j:plain

f:id:masao_toybox:20081016011157j:plain

 

多くの仲間とチームで1つのことに熱く取り組むこと

多くの仲間とチームで結果を出し、喜びを分かち合うこと

多くの仲間と一人では成し遂げられないモノづくりをすること

仲間たちとつくったもので多くの人の心を動かすこと

 

幼い頃から表現することは大好きだった。でも演劇云々だけが原点なのではない。

そこに自分一人だけでなく、一緒にぶつかり合いながら、時に喧嘩しながら熱く取り組む仲間がいたことが大切だった。

 

全てを投げ打って結果のために信じられない集中力で邁進した日々と、その行動が起こした結果が自分に自信と夢をみる勇気を与えてくれた。

守るな!前へすすめ!

120人以上の仲間をひっぱるために自分を鼓舞し、とにかくがむしゃらだった。

f:id:masao_toybox:20131125084534j:plain

 

当時の写真に色々と自分のヒントがあった。

これは、自分の原点だとハッキリと言える。

 

いまは自分の舞台をつくっている闘いの最中だ。

まだまだつくりはじめたばかり。

ここから自分たちの最高の舞台をつくっていこうと改めて思う。