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Masao's Blog ~ BIZARRE ADVENTURE ~

レイディーバグという会社を経営している平世将夫の「奇妙な冒険」Blog

「ために」がないほうが面白い?!

先週の金曜日だったかな。

毎日読んでいる「ほぼ日」の「今日のダーリン」に

ホントそうなんだよなぁ〜と思うことが書いてあったので

メモっていたものを転載します。

(「今日のダーリン」はログがなく毎日上書き!!これを

 約15年間毎日!毎日ですよ!続けるってスゴ過ぎる…)

 

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お腹が減って、おにぎりをほおぼるときに、「生命を維持するために」なんて思わないですよね。結婚して家族が増えていくことは、「少子高齢化社会を乗り越えるために」とは、ちょっとちがうと思うんですよね。眠くなって寝るのに、「睡眠時間を確保するため」ってわざわざ言うことじゃないような気がするんです。


もともと、人は、そういうふうにしてきただろう。本能なんてことばを持ち出さなくても、そうしてきたようなことが、いっぱいあります。でも、いつのまにか、「ほっといてもそうする」ようなことが、なにか目的のあることのようになってしまいました。
なんでもかんでも、なにかの「ために」なっちゃった。食事している間も、必要ななにかの栄養分を摂取する「ために」もぐもぐしているみたいだし、個人や会社がなにかの仕事をしていることについても、なにかの「ために」という理由が必要になるみたいです。


そうなのかもしれませんけどね。なにもかも「ために」なるとはかぎらない。すべてのことに理由が必要なわけでもない。「ここは、理由を徹底的に考えよう」という場面と、「この理由は、もう、やろうってことでいいんじゃない」という場面と、どっちもあると思うんですよ。

 

やりたいようにやるだけ、ということが、どんどん少なくなっているように思えるんです。「ために」やってるわけじゃないことに、いつのまにか「ために」が付いてたりすると、どういうわけか、おもしろくなくなっちゃうんです。「ために」が付いてたほうが、もっとやりなさいという応援も得やすいのでしょうが、ほんとはね、考え無しに「わぁ!」っとやってるほうが、おもしろいことって、いっぱいあるんですよね。
もっとよく考えろ、ということをさんざん言ってるのに、こういう逆も言いたくなるのが、人と世の常ざます。


今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。「夢中になる」ということについて、言いたかったのかな。

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「ために」を考えることは特に仕事ではとっても大事で

これができない人との仕事はやりずらい。

だから仕事をする上では基礎だと思いますが、一方で、

何でもかんでも「ために」って考えるのはつまらない。

 

私は、根っこはロジックより情緒的に動くタイプなため、

直感で「面白い!」「いい!」「やりたい!」という心の

動きがあるとすぐ行動してしまいます。

いまはかなりそこにブレーキをかけていますが、「ために」

を言葉にする前に、心と身体が動くことって間違いなく

面白いんですよね。

 

直感とロジック、バランスなんですけど、

私は直感に振れる傾向があるため、意識して自分を

コントロールしようとしています。

 

でも、もう少しブレーキをはずしてもいいかな、と最近

感じます。

「ために」を考えることで、一歩の出足のスピードが遅く

なったり、行動時のエネルギーまで抑えられているような

感覚があるためです。

 

結局まとめると「バランス」なんですけど、

そんなバランスを崩しちゃったほうがよいかな、と思う

この頃です。

 

なので、この「今日のダーリン」が刺さったのかもしれ

ないですね。